2022年に世界的なヒットを記録した韓国ドラマ『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』。愛らしくも繊細なウ・ヨンウを演じたパク・ウンビンさんの演技は、多くの視聴者の心をつかみました。
しかし、その制作の裏には、パク・ウンビンさんが出演を一度断ったほどの葛藤や、自閉スペクトラムへの丁寧な学び、制作陣がパク・ウンビンさんをキャスティングするために制作を1年も延期するなどの出来事がありました。
この記事では、パク・ウンビンさんの役作りへのこだわりをはじめ、ウ・ヨンウのモデル、法律事務所「ハンバダ」の名前の由来、ドラマをきっかけに天然記念物となったケヤキまで、知ると作品をもう一度見返したくなる“こぼれ話”をまとめて紹介します。
監督と作家は、制作を1年延ばしてパク・ウンビンさんを待った
『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』のウ・ヨンウ役は、最初からパク・ウンビンさんを想定して進められていました。
しかし意外なことに、パク・ウンビンさんは最初に出演オファーを受けた際、一度断っています。それでも制作陣は別の俳優を探すのではなく、約1年間彼女を待つという異例の選択をしたのです。
一度は出演を断っていた
パク・ウンビンさんが出演をためらった大きな理由は、ウ・ヨンウという役を演じることへの責任の重さでした。
パク・ウンビンさんはインタビューで、
作品や役柄について「誰も傷つけずに演じきれるのか怖かった」
という趣旨の思いを明かしています。単に「難しい役だから」という理由ではなく、実在する人たちへの影響まで考えたうえで慎重になっていたことが分かります。
当時パク・ウンビンさんは、先に出演を決めていたドラマ『恋慕』を選択しました。そのため『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』への出演は一度見送られることになります。
結果的に『恋慕』で男装した王という難役を演じた後、再びウ・ヨンウ役と向き合うことになりました。
「代わりはいない」と1年待った制作陣
パク・ウンビンさんが一度断ったにもかかわらず、制作陣はすぐに別の主演俳優を探しませんでした。
その理由は、「ウ・ヨンウを演じられるのはパク・ウンビンさんしかいない」と考えていたからです。
ユ・インシク監督は、パク・ウンビンさんについてウ・ヨンウを演じられる「唯一の俳優」だと評価しています。
繊細さや知性、愛らしさを同時に表現する必要があるウ・ヨンウという人物に、彼女が最もふさわしいと考えていたのでしょう。
制作陣はパク・ウンビンさんの決断を急かすのではなく、彼女が『恋慕』を終えるまで約1年間待ちました。
人気俳優のスケジュールを待つこと自体は珍しくありません。
しかし主演が決まらないまま作品の制作を約1年延ばすという判断からも、制作陣がパク・ウンビンさんのキャスティングをどれほど重要視していたかがうかがえます。
そして、その期待に応えるようにパク・ウンビンさんはウ・ヨンウという難しいキャラクターを丁寧に作り上げていきました。
では、彼女はどのようにしてウ・ヨンウという人物を理解し、独自のキャラクターを完成させたのでしょうか。
パク・ウンビンの『ウ・ヨンウ』役作り|心理学と徹底したリサーチ
実在する誰かをまねるのではなく、専門家の助言や資料をもとに自閉スペクトラムについて学びながら、「ウ・ヨンウという一人の人物」を作り上げていきました。
その慎重なアプローチには、大学で心理学を学んだパク・ウンビンさんらしい、人を理解しようとする姿勢もうかがえます。
パク・ウンビンさんは大学で心理学を専攻
パク・ウンビンさんは西江大学校で心理学を専攻し、新聞放送学も複数専攻しています。
意外にも、子役時代から俳優として活動していた彼女が選んだのは演劇や映画ではなく心理学でした。
その理由について本人は、
幼いころから演技をしてきたため「人間について理解したいという気持ちが大きかった」
と語っています。
さらに心理学を学んだことで、他人だけでなく自分自身についても知ることができ、大学生活は俳優人生にも大きな助けになったと振り返っています。
もちろん、心理学を専攻していたからウ・ヨンウを演じられた、と単純に結びつけることはできません。
ただ、人を観察して決めつけるのではなく、「この人物はなぜこう考えるのか」と理解しようとする姿勢は、後のウ・ヨンウの役作りにも通じるものがあります。
自閉スペクトラムの診断基準や専門書を徹底的に調べる
パク・ウンビンさんは、ウ・ヨンウを感覚だけで演じるのではなく、自閉スペクトラムについて資料から徹底的に学びました。
役作りにあたり、ドラマの自閉症演技を監修した専門家の講義を受け、自閉スペクトラムの診断基準や参考書を読み込んだといいます。
本人によると、当時使われていたアスペルガー症候群の診断基準なども調べ、それぞれの特徴を細かく整理しながらウ・ヨンウという人物を形作っていきました。
ここで重要なのは、「自閉スペクトラムの人はこういう人だ」とひとまとめにしなかったことです。
自閉スペクトラムは一人ひとり特徴や程度が異なります。監修を担当したキム・ビョンゴン教授も、「自閉症の人を定型化してはいけない」と説明しています。
だからこそパク・ウンビンさんは、診断基準をそのまま演技に当てはめるのではなく、そこから必要な特徴を整理しながら「ウ・ヨンウならどうするか」を考えていったのでしょう。
実在の自閉症の人や既存作品を「お手本にしなかった」
さらに特徴的なのが、実在する自閉症の人や、過去のドラマ・映画に登場する自閉症のキャラクターを、あえて役作りのお手本にしなかったことです。
パク・ウンビンさんは、実在する自閉症の人の話し方や動きをそのまままねすることについて、役作りで「絶対に避けたいこと」と考えていたと語っています。
実在する誰かを観察し、その特徴を演技のための“材料”として使うことはしたくなかったからです。
同じ理由から、既存作品に登場する自閉症のキャラクターなども参考から外しました。
誰かをコピーして「自閉症らしさ」を再現するのではなく、資料や専門家から得た知識を土台に、ウ・ヨンウだけの話し方や動き、考え方を作っていったのです。
自分の演技が自閉スペクトラムの固定されたイメージになってはならない!
パク・ウンビンさんの慎重さと思いやりがうかがえます。
「ヨンウの本心を、誰よりも先に分かってあげたい」
そして、パク・ウンビンさんが最終的にたどり着いた答えは、演技の技術よりも「ウ・ヨンウの心を理解すること」でした。
制作発表会では、役作りについて次のような趣旨の言葉を残しています。
「演技をするというより、ヨンウの本心を私が一番先に分かってあげて、そこに私の真心を加えることで、見ている方にもヨンウの気持ちを感じてもらえたらと思いました」
「自閉スペクトラムの人物をどう演じるか」ではなく、「ウ・ヨンウという人が何を感じているのか」を最初に理解しようとしたのです。
多くの人がドラマを見て感動した理由は、パク・ウンビンさんがウ・ヨンウを理解した心で演じていたから。
その心がそのまま視聴者に伝わったからでしょうね。
パク・ウンビンさんのウ・ヨンウが単なる特徴的なキャラクターではなく、多くの視聴者に愛される人物になった背景には、こうした慎重で丁寧な役作りがありました。
ウ・ヨンウのモデルとして参考にされたテンプル・グランディン教授
ウ・ヨンウというキャラクターを作るうえで、制作陣が参考にした人物の一人が、世界的な動物学者テンプル・グランディン教授です。
ただし、グランディン教授の人生や言動をそのままウ・ヨンウに置き換えたわけではありません。
ドラマの諮問を担当した専門家がグランディン教授の生き方やTED講演を参考にしながら、ウ・ヨンウならではの人物像を作り上げていきました。
制作陣が参考にしたテンプル・グランディン教授とは?
テンプル・グランディン教授は、自閉症当事者として知られるアメリカの動物学者です。
幼少期に自閉症と診断されましたが、その後、動物への深い理解や「絵で考える」という独自の思考の特性を生かし、動物行動学や家畜施設の設計分野で活躍しました。
現在はコロラド州立大学の教授として知られ、2010年には『TIME』誌の「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれています。TEDも、グランディン教授を動物行動や家畜福祉の分野で大きな功績を残した研究者として紹介しています。
『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』の制作陣は、こうしたグランディン教授の生き方をキャラクター作りの参考にしました。
自閉スペクトラムを「できないこと」だけで描くのではなく、特定の分野に対する高い集中力や独自の視点を強みとして描く。
その考え方が、天才的な記憶力と法律への深い知識を持つウ・ヨンウの人物像にもつながっています。
ウ・ヨンウの法廷シーンは2010年のTED講演を参考にした
グランディン教授の影響が特に表れているのが、ウ・ヨンウの法廷シーンです。
ドラマの諮問を担当したナザレ大学のキム・ビョンゴン教授は、法廷で弁論するウ・ヨンウの姿について、グランディン教授のTED講演を参考にしたと明かしています。
参考にされたのは、2010年2月に行われたTED講演
「The world needs all kinds of minds(世界はあらゆる頭脳を必要としている)」です。
講演の中でグランディン教授は、自分が言葉ではなく「絵」で物事を考えることや、自閉症の人には視覚型、パターン型、言語型などさまざまな思考のタイプがあることを説明しています。
そして、異なる考え方を持つ人たちがそれぞれの能力を生かすことの大切さを訴えています。
ドラマでヨンウが法廷に立つと、それまでの日常生活とは少し違い、法律の知識を武器に自信を持って論理的に話す姿が印象的です。
キム教授は、日常生活では自閉スペクトラムの特徴を比較的強く見せる一方、法廷ではヨンウの知的能力を最大限に見せる方向でキャラクターを作ったと説明しています。
法廷で生き生きと語るヨンウの姿には、グランディン教授が自身の専門分野について堂々と語るTED講演の姿が重ねられていたのですね。
パク・ウンビンさんが「最も大変だった」と語った法廷シーン
視聴者には軽快に見える法廷シーンですが、実際の撮影は非常に大変だったそうです。
パク・ウンビンさんは日本でのインタビューで、『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』の撮影について「とにかく法廷シーンが大変でした」と振り返っています。
法廷シーンだけをまとめて撮影する日が設けられるほど撮影量が多く、1つのシーンを撮るだけで6〜7時間かかることもあったといいます。
監督に要求されたのは、とにかく百科事典のような言い方。
何か感情が混じったセリフの言い方ではなく、ドラマのなかで表現されているように頭の中の知識が仕切りなく溢れ出る感じ。
長い法律用語や複雑なせりふをこなしながら、ウ・ヨンウ独特の話し方や表情まで維持しなければなりません。
しかも長時間の撮影になるため、俳優たちは誰かの集中力が落ちてくると、周囲が声をかけて互いに気持ちを盛り上げながら撮影を続けていたそうです。
ドラマの中ではテンポよく進んでいく法廷シーンですが、その裏には何時間にもわたる撮影と、出演者たちの高い集中力がありました。
制作陣がグランディン教授のTED講演からヒントを得て作った法廷でのウ・ヨンウ。それをパク・ウンビンさんが長時間の撮影を重ねながら演じ切ったことで、作品を象徴するシーンの一つになったのです。
法律事務所「ハンバダ」の名前の由来はクジラだった
『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』に登場する法律事務所「ハンバダ」の名前にも、ウ・ヨンウが大好きなクジラが関係しています。
「ハンバダ(한바다)」は韓国語で「大きな海」という意味。もともと法律事務所には別の名前が用意されていましたが、作品にクジラを登場させることが決まったあと、「ハンバダ」に変更されたとされています。
クジラ好きのウ・ヨンウが働く場所の名前まで「海」につながっているところにも、制作陣の細かなこだわりが感じられます。
『ウ・ヨンウ』のロケ地のケヤキが本当に天然記念物に

『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』の第7〜8話に登場する「ソドク洞のケヤキ」も、ドラマをきっかけに大きな注目を集めました。
ロケ地となったのは、韓国・慶尚南道昌原市にある北部里の大きなケヤキです。ドラマでは、道路建設をめぐって住民たちが守ろうとする村の象徴として登場しました。
放送後には「実際に見てみたい」と多くの人が訪れるようになり、木そのものの歴史的・自然的価値にも注目が集まります。
そして2022年10月7日、実際に「昌原北部里のケヤキ」として韓国の天然記念物に指定されました。
つまり、ドラマの中で守られていた木が、放送後には現実の世界でも正式に保護される存在になったのです。
作品の人気がロケ地への関心を高め、文化財の価値をあらためて見直すきっかけになったという、まさに『ウ・ヨンウ』ならではの印象的なエピソードです。
まとめ
『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』の大ヒットを支えたのは、パク・ウンビンさんの誠実な役作りと、制作陣の細部まで妥協しないこだわりでした。
パク・ウンビンさんは、自閉スペクトラムについて専門的に学びながら、実在の人物をまねるのではなく、ウ・ヨンウという一人の人物と丁寧に向き合いました。
一方、制作陣も彼女を約1年待ち、テンプル・グランディン教授の人生やTED講演を参考にするなど、人物像や演出を細かく作り込んでいます。
さらに、「ハンバダ」という名前や、ドラマをきっかけに天然記念物となったケヤキなど、作品の裏側にも興味深いエピソードが数多くあります。